当たり前にならないために 熟年夫婦がお互いをねぎらうコミュニケーション術
はじめに
長年連れ添ったご夫婦にとって、お互いの存在や日々の行動が当たり前のように感じられるようになることは少なくありません。特に子育てが一段落し、夫婦二人で過ごす時間が増えた際に、かつては意識していた相手への感謝や労いを言葉にする機会が減ってしまうという状況に直面する方もいらっしゃるようです。
お互いを大切に思う気持ちはあっても、それをうまく表現できなかったり、照れくささから伝えられなかったりすることで、知らず知らずのうちに心の距離が生まれてしまう可能性も考えられます。
この記事では、熟年夫婦が日々の暮らしの中でお互いをねぎらい、感謝の気持ちを伝え合うためのコミュニケーションのヒントをご紹介します。特別なことではなく、日常の中で少し意識を変えるだけで実践できる方法を中心に考えてまいります。
なぜ「ねぎらい」や「感謝」の言葉が大切なのか
熟年期における夫婦関係は、これまでの人生を共に歩み、多くの出来事を共有してきた特別なものです。その関係性をさらに温かく、お互いを尊重し合うものにしていくためには、日々の小さな「ねぎらい」や「感謝」の積み重ねが重要な役割を果たします。
- 安心感と信頼感の醸成: 「ありがとう」「お疲れ様」といった言葉は、相手の存在や行動を認め、尊重しているというメッセージを伝えます。これにより、相手は「自分は見守られている」「自分の行動は認められている」と感じ、夫婦間の安心感と信頼感が高まります。
- 自己肯定感の向上: 自分がしたことに対して感謝されたり、労われたりすることは、自己肯定感を高めることにつながります。これは、夫婦それぞれの心の健康にも良い影響を与えます。
- ポジティブな関係性の維持・向上: ポジティブな感情や言葉の交換が多い夫婦は、困難な状況に直面した際にも協力し合いやすく、関係性を健全に保つことができる傾向があります。日々のねぎらいは、そうしたポジティブな土壌を耕すことになります。
「言わなくても分かるだろう」という関係性も確かにありますが、言葉にして伝えることは、その気持ちをより確かなものとして相手に届けます。
「ねぎらい」や「感謝」を伝えることへのハードル
では、なぜ分かっていても、なかなか言葉にできないのでしょうか。いくつかの理由が考えられます。
- 照れくささや恥ずかしさ: 長年連れ添った相手に対して、改まって感謝の気持ちを伝えるのは気恥ずかしいと感じる方がいらっしゃいます。
- タイミングの見計らい: どのようなタイミングで言葉にすれば自然か、考えてしまううちに機会を逃してしまうことがあります。
- 言葉の選び方が分からない: どのような言葉を選べば、自分の気持ちが適切に伝わるか悩むこともあります。
- 「今さら」という気持ち: 長年の間に言えなかったことが積み重なり、「今さら言っても仕方ない」と感じてしまう場合もあるかもしれません。
- 当たり前になってしまった習慣: お互いに何かをすることやしてもらうことが日常の一部となり、そこに特別な感謝を感じにくくなっている状況です。
これらのハードルを感じることは自然なことです。大切なのは、完璧を目指すのではなく、できることから少しずつ試してみることです。
日常で実践できる「ねぎらい」と「感謝」のコミュニケーション術
ここでは、具体的なコミュニケーションの方法をご紹介します。
1. 具体的な行動に「ありがとう」を添える
漠然と「いつもありがとう」と言うだけでなく、何に対して感謝しているのかを具体的に伝えることで、気持ちはより響きやすくなります。
- 「今日の味噌汁、とても美味しかったよ、ありがとう。」
- 「重い荷物、持ってくれて助かったよ、ありがとう。」
- 「私の体調を気遣ってくれて、ありがとうね。」
- 「〇〇(家事や頼み事)をしてくれて、おかげで助かったよ。」
このように、具体的な行動やその行動によって自分がどう感じたかを付け加えることで、相手は自分の行動が認められたと感じやすくなります。
2. 「お疲れ様」や「ご苦労様」で労う
一日の終わりや、何か大きな作業を終えた時などに、相手の労をねぎらう言葉をかけることも大切です。
- 「今日は〇〇で大変だったね、お疲れ様。」
- 「△△の準備、大変だったでしょう。ご苦労様でした。」
- 「いつも家事(または仕事)ありがとう。体は疲れていないか。」
相手の頑張りを認め、気遣う言葉は、心に寄り添う温かいメッセージとなります。
3. 小さな変化や努力に気づき言葉にする
長年一緒にいると、相手の変化に気づきにくくなることがあります。意識して相手を観察し、小さなことでも良いので、良い変化や努力している点に気づいたら言葉にしてみましょう。
- 「最近、散歩を続けているんだね。健康的で素晴らしいと思うよ。」
- 「新しい趣味、楽しそうだね。〇〇している時の君の顔は生き生きしているね。」
- 「この前話していた〇〇のこと、ちゃんと覚えているよ。」
4. 非言語のコミュニケーションを活用する
言葉だけでなく、態度や表情でも感謝や労いを伝えることができます。
- 相手の目を見て微笑む
- 優しく肩や背中に触れる
- 相手が話している時に、うなずきながら聞く
- 温かい飲み物を淹れて出す
- 相手が疲れている様子なら、「少し休んだら?」と声をかける
言葉と非言語の両方を使うことで、より深く気持ちが伝わります。
5. タイミングを見つける、あるいはつくる
改まった場でなくても構いません。食事中、テレビを見ている合間、散歩の途中、寝る前など、二人でリラックスしている時間に自然な流れで言葉を加えてみましょう。どうしても直接言いにくい場合は、メッセージカードやメール、LINEなど、文字で伝えてみることも一つの方法です。
6. 受け取る側の姿勢も大切にする
感謝やねぎらいの言葉を受け取った際は、素直に「ありがとう」「嬉しいよ」と返してみましょう。照れ隠しで否定したり、ごまかしたりせず、シンプルに受け止めることで、相手も「伝わったんだな」と感じ、今後も伝えやすくなります。
「ねぎらい」が夫婦の未来への対話の土台になる
日々の小さな「ねぎらい」や「感謝」のコミュニケーションは、単に関係性を良くするだけでなく、人生の後半で向き合うことになる様々なこと(お金、健康、介護、実家や子供のこと、自分たちの老後の過ごし方など)について、互いに率直に、そして安心して話し合える土台を築きます。
お互いを尊重し、大切に思い合っているという確信があれば、時に意見が食い違う難しい話題であっても、「この相手なら、自分の気持ちを理解しようとしてくれるだろう」という信頼を持って臨むことができるでしょう。
まとめ
熟年夫婦における「ねぎらい」や「感謝」のコミュニケーションは、長年の関係性の中で見過ごされがちですが、お互いを大切に思い合う気持ちを再確認し、関係性をさらに深めるための大切な要素です。
特別な出来事だけでなく、日々の小さなことにも目を向け、具体的な言葉や態度で感謝や労いを伝えてみること。そして、相手からの言葉を素直に受け止めること。これらの積み重ねが、夫婦の絆をより強くし、人生の後半を穏やかに、そして豊かなものにする一助となるはずです。
今日から一つでも、小さな「ありがとう」や「お疲れ様」を伝えてみてはいかがでしょうか。