熟年夫婦が「言いにくいこと」を心地よく伝え合う方法
はじめに
人生の節目を迎え、お子様の独立などを経て、ご夫婦お二人で過ごす時間が増えたという方もいらっしゃるでしょう。長年連れ添った夫婦だからこそ分かり合えることも多い一方で、言葉にしなくても通じ合う「阿吽の呼吸」が、いつしか「言わなくても分かるはず」という期待に変わり、かえって本音や要望を伝えにくくなることもあるようです。
特に、生活の中の小さなこと、価値観の違い、あるいは過去のわだかまりなど、改めて口にするには少々「言いにくいこと」もあるかもしれません。こうした言えずに抱え込んだ思いは、ご夫婦の関係に小さな溝を作り、知らず知らずのうちにすれ違いや距離感の原因となる可能性も考えられます。
この記事では、熟年期のご夫婦が、互いを尊重しながら、これまで少し躊躇していた「言いにくいこと」を穏やかに、そして心地よく伝え合うためのヒントや具体的な方法をご紹介します。
なぜ「言いにくいこと」が生じるのか
長年連れ添ったご夫婦の間で「言いにくいこと」が生じる背景には、いくつかの理由が考えられます。
- 遠慮や気遣い: 相手の負担になりたくない、傷つけたくないという思いから、言いたいことを飲み込んでしまうことがあります。
- 諦め: 「今さら言っても変わらないだろう」という思い込みから、伝えることを諦めてしまうことがあります。
- 衝突の回避: 自分の思いを伝えたことで、波風が立つことを恐れ、あえて触れないでおくことがあります。
- 「言わなくても分かるはず」という期待: 相手が自分の気持ちや状況を察してくれることを期待し、言葉での説明を省略してしまうことがあります。
これらの思いは、相手への愛情やこれまでの信頼関係から生まれることもありますが、伝えたいことが伝わらない状態が続くと、結果として相互理解の妨げになる可能性もあります。
伝える前に考えたいこと
「言いにくいこと」を伝える前に、少し立ち止まって考えてみることは大切です。
まず、「なぜ伝えたいのか」「伝えることでどうなりたいのか」という目的を整理してみましょう。相手を非難したり、自分の正しさを主張したりすることが目的ではなく、ご夫婦の関係性をより良くしたい、抱えている問題を解決したい、今後の生活について互いの考えを共有したい、といった建設的な目的であるかを確認します。
次に、相手の状況や気持ちに配慮する視点も重要です。相手が忙しい時や疲れている時に、重い話を切り出すのは避けた方が良いでしょう。落ち着いて、ゆっくり話せる時間と場所を選ぶことも、話を受け止めてもらいやすくするための配慮です。
「言いにくいこと」を穏やかに伝える話し方
具体的な話し方には、いくつかの工夫があります。
「私メッセージ」で伝える
相手の行動や状況を主語にして「あなたは〜しない」「どうして〜なの」と話す「あなたメッセージ」は、相手を責めているように聞こえやすく、反発心を生む可能性があります。
そうではなく、「私メッセージ」を使って、自分がどのように感じているか、どのような影響を受けているかを主語にして伝えましょう。
例: * 「あなたはいつも約束の時間に遅れる」→「約束の時間に〇〇さんがいないと、私は少し心配になります」 * 「どうして片付けてくれないの」→「ここに〇〇が置いてあると、私は少し気になってしまいます」
このように、「私」を主語にすることで、相手の行動そのものを非難するのではなく、自分の気持ちや状況を伝える形になり、相手も耳を傾けやすくなる傾向があります。
事実と感情を分けて伝える
特定の出来事(事実)と、それに対する自分の気持ち(感情)を整理して伝えると、より客観的に状況を共有しやすくなります。
例: * 「この間、〇〇について話していた時に(事実)、私は少し悲しい気持ちになりました(感情)」
相手を非難しないトーンを心がける
声のトーン、表情、姿勢など、非言語的な要素も相手への伝わり方に大きく影響します。たとえ内容が難しくても、責めるような口調や表情は避け、穏やかで丁寧なトーンを心がけましょう。
解決策や希望をセットで伝える
単に問題提起をするだけでなく、「〜してもらえると助かります」「今後、〜のようにできると嬉しいです」といった解決に向けた希望や提案を添えることで、一方的な要求ではなく、共に解決策を探る姿勢を示すことができます。
相手が耳を傾けやすくなる聴き方
自分が話すだけでなく、相手がどのように反応するか、その反応をどう聴くかも大切です。
まずは最後まで聴く姿勢
相手が自分の考えや感じていることを話し始めたら、まずは話を遮らずに、最後まで聴くという姿勢を示すことが大切です。相槌を打ったり、頷いたりしながら、真剣に聴いていることを伝えましょう。
共感的に聴く
相手の言葉の表面的な意味だけでなく、その言葉の裏にある感情や意図を理解しようと努める「共感的傾聴」は、相手との信頼関係を深めます。相手の気持ちに寄り添い、「〜ということですね」「〜と感じているのですね」と、理解しようとする姿勢を示すと良いでしょう。
反論や正論をすぐに述べない
相手が自分の意見と異なることを述べたとしても、すぐに反論したり、自分の考えが正しいと主張したりすることは避けた方が賢明です。まずは相手の意見を一度受け止め、理解しようと努めることから始めましょう。
実践のヒント
「言いにくいこと」を伝え合う練習は、一度で完璧にできるものではありません。
最初は、比較的小さなこと、例えば「少しだけ〇〇を変えてもらえると嬉しいな」といった日常の些細なことから、意識して「私メッセージ」や穏やかなトーンで伝える練習をしてみると良いかもしれません。
また、話し合いがうまく進まなかったとしても、すぐに諦めず、時間を置いて改めて話す機会を持つのも一つの方法です。お互いの気持ちや状況は変化することもあります。
そして、普段から感謝の気持ちを伝え合ったり、相手の良いところに目を向けたりする習慣を持つことも、難しい話をするときの心の土台となります。「この人は自分のことを分かってくれている」「日頃から感謝している」という信頼感があれば、「言いにくいこと」もより伝えやすくなるでしょう。
老後の生活設計や健康、相続など、これからご夫婦で話し合うべき大切なことも増えてきます。こうした重要なテーマについても、日頃から小さなコミュニケーションを重ねていれば、いざという時に落ち着いて話し合える関係性が築けていることでしょう。
まとめ
長年連れ添ったご夫婦の間でも、「言いにくいこと」は自然に生じるものです。それを避け続けるのではなく、互いを尊重し、穏やかに伝え合う努力をすることは、より深く、より心地よい関係を築くための大切なステップとなります。
「私メッセージ」で自分の気持ちを伝える、相手の話を丁寧に聴くといったコミュニケーションのヒントを日々の生活の中で少しずつ意識することで、言えずにいた思いを共有し、お互いをさらに理解し合える関係へと繋がっていくことが期待できます。
完璧なコミュニケーションを目指す必要はありません。大切なのは、互いに歩み寄り、より良い関係性を共に育んでいこうとする姿勢です。この記事が、ご夫婦のこれからが、より穏やかで豊かな時間となるための一助となれば幸いです。